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第4回「でんきを消して、スローな夜を」

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「ありがとう~あなたに伝えたい感謝の気持ち~」

今回はスケッチブックを持っていき、ありがとうを伝えたい相手に、一言伝えたい言葉、フレーズを紙に書いてもらい、インタビューを行いまいした。普段何気なく使っている「ありがとう」という言葉の持つ力を伝えたいです。


「でんきを消して、スローな夜を」

八月十八、十九、二十の夏至の三日間、八時から十時まで電気を消して、ろうそくで過ごそうという呼びかけの下、2003年から始まったキャンドル・ナイトに焦点をあてる。イベントの発起人、呼びかけを受けて参加した団体、そのイベントに遊びにきた人へのインタビューと今後の活動への抱負をベースに描く。


「がんばれ! 2004 夏」

「ありがとう」の姉妹編ともいえるインタビュー企画です。暑い東京の夏、そんな中でがんばっている人たちへ「がんばれ!」とエールを送ってもらいました。

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第4回制作

<番組プロデューサー>狩野智彦

<キャスター> 安田 純 野尻悠華

<ディレクター・AD>
「ありがとう~あなたに伝えたい感謝の気持ち~」
荻島真之 戸田泰雅 野尻悠華 荒井亮吉 狩野智彦

「でんきを消して、スローな夜を」
豊島 豊 石黒 悠 狩野智彦(Executive AD)三浦光晴

「がんばれ! 2004 夏」
井上圭介 石黒 悠 八井麻由美 狩野智彦


第4回キャスター・安田 純


今まで"撮る”あるいは"作る”という立場でしか『多摩探検隊』と関わってこなかっ た自分にとって、キャスターとして番組に"出演する”というのは初めての経験だった。
テレビ慣れしてない事もあり最初は恥ずかしさもあったけれども、本番では恥じらいを捨て、自分を捨てて撮影に望み、何度かの撮り直しを強いられながらも無事に完成を迎えることができた。
完成したからには、その映像が少しでも視聴者の方々の胸に響くことを願っている。


「ありがとう ~あなたに伝えたい感謝の気持ち~」ディレクター・荒井亮吉


本当に感謝している相手に、自分は真剣に「ありがとう」と言えるだろうか?
多摩探検隊第一回から続く「ありがとう」というコーナーの直撃レポートをするにあたり、撮影交渉する際に必要なチラシを忘れてしまいました。大失態です。チラシがないことで、協力してくれる人を探すのに苦労するかと思いきや、交渉役が巧みな話術を駆使し、撮影を順調に進めることができました。
問題なく撮影できたとはいえ、次回からはこのようなミスをしないよう心がけようと思います。
その日その時間、その人にインタビューをしなければ、一生聞くことがなかったであろう言葉を聞くうちに、自分自身の心も温かくなっていくようでした。
「ありがとう」というコーナーで流れる、感謝の気持ちを聞いた人の心が温かくなり、今まで言えないでいた感謝の気持ちを、ふと口にしてくれたら、こんなに嬉しいことはありません。
自分も今日あたり、お母さんに「ありがとう」と言ってみようかな。


「Candle Night」ディレクター・豊島 豊


キャンドルナイトは怒濤のスケジュールの中で行われた。キャンドルナイト自体、夏至と冬至に三日間だけ行われるイベントであって、追撮ができず、一発勝負だった。
同じ日同じ時間に都内各地で行われるにキャンドルナイトを撮影するため10人以上の人に協力してもらうことになり、本当にドタバタした取材になってしまった。しかし、取材のお願いをしたキャンドルナイト事務局の方々は急だったにも関わらず快くOKしてくれ無事放送に至る事が出来た。
番組ディレクターをして、一本のVTRを作るのには様々な人々の協力の上になりたっているのがよくわかる。このことを忘れずに、これからもがんばりたいと思う。
キャンドルナイトに関わった皆さん本当に感謝です!!


「がんばれ~2004 夏~」ディレクター・石黒 悠


撮影現場に行くのは今回がやっと2回目。そんな私が最も強く感じたのがコミュニケーションの大切さです。できあがった作品だけを見ているとなかなか分からないものですが、撮影の許可をもらうための交渉や番組の説明など、実際に撮影する時間よりもそれに至るまでが意外と長かったりするのです!またカメラの前で自然にしゃべってもらうために、いろんな話をしたりして取材する側とされる側が打ち解けることが一番大切なんだと感じました。カメラが回っていると思うと誰でも緊張してしまうものですから。。 同じことを一緒に撮影に行った皆も感じたんじゃないかと思います。
それにしても楽しかったです。番組制作という名目さえあれば見ず知らずの誰にでも話しかけることができるのですから。「多摩探検隊」がなければ今回取材させていただいた方々と話すことなどきっとなかったでしょう。これこそがインタビューの醍醐味ですね!


番組プロデューサー・狩野智彦


8月2日。
僕は一人、テレビの前に陣取った。蝉の合唱、青空の公園、ロウソクの灯火、浴衣の男女。特別なものは一切ない。
ただ、特別ではないものを如何にまとめるか、それは思った以上に簡単なことではなかった。一介の視聴者だった僕が、プロデューサーとなって番組を作る。何よりも怖かったのは、先輩方がこれまで築きあげたものを壊してしまうことだった。不安感と焦燥感に押し潰されそうになり、何度も逃げ出したいと思った。
そんな時、僕の支えとなったのは多摩探検隊員からのエールだった。叱咤、激励、笑顔…。それら全てに後押しされた結果、完成したのが第四回放送だ。
テレビをつけた。何度も目にした映像が流れる。忘れていた、ほっとする気持ちをやっと取り戻した気がした。その時、ふと僕の頬にも流れる何かがあった。
8月2日、思い出がまた1ページ増えた日だった。

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