語ってもらう理由(2008年08月01日)

中島 聡 (ナカジマ ソウ)
総合政策学部政策科学科
第52回「立川空襲‐4月4日の記憶‐」ディレクター

「自分の子供や孫にもこういった話はしないんです…」
 取材させていただいた方々は、最初に揃って同じように口を開く。そして、じっと黙り込んでしまう。毎年、8月放送の「多摩探検隊」では、多摩地域にあった戦争をテーマに取り上げている。当然、取材対象者の多くは、戦争体験者の方々である。戦争の記憶とは戦争体験者にとって辛い過去であり、63年経って思い出したいことではない。ましてや、カメラを通して語ることに抵抗を持つのは当然のことなのだ。
 では、それでも語ってもらう理由と何なのだろうか。戦争の記録を後世に伝えたい、戦争と平和について改めて考えたい、そう思って取材を始めた。しかし、そういった理由は制作者側のきれいごとを並べたに過ぎない。取材対象者にとっては無関係な話である。戦争とは、私のような戦争を体験していない者が想像する以上に、凄まじいものなのだと思う。私たちに出会わなければ思い出さずに済んだ記憶を、なぜ一人の大学生が蒸し返すようなことをしなければいけないのか。私はVTR制作中も、いや、制作後もこの答えを見つけられないでいた。
 だからこそ、完成したビデオを取材先に届けたとき、全員に同じ質問を投げかけた。「どうして語ってくれたのですか」と…。
 小学生のとき、アメリカ軍の空襲によって友人を亡くしていた鈴木喬(70)さんはこう応えてくれた。
 「私には3歳の孫がいます。あの子たちに戦争なんて体験して欲しくない。あの子たちの日常を守るためにも、風化させちゃいけないと思ったよ」
 同じく、アメリカ軍の空襲で幼馴染を亡くした間宮博昭(84)さんは、
 「喋るのも苦手だし断ろうと思っていた。改めて話したいことでもないしね。でも、熱心な大学生の思いを裏切っちゃいけないと思ったよ」
 空襲の様子を日記に書き残していた山崎イト(82)さんは、
 「私はもう先が長くないですよ。そう考えると、最後にできることは何かって思ったらお話することぐらいしかないなって思ったんですよ」
 彼らがVTR中に何を語り、その思いが十分に伝えられていたのか、それは番組を実際にご覧になって判断していただきたい。もしかしたら、私たちのやっていることは、人の不幸を掘り起こし、何の助けにもなっていないのかもしれない。どうして辛い記憶を掘り起こし、語ってもらうのかの答えも見つからないままだ。
 しかし、それでも、今、私たち「多摩探検隊」のできることは、彼らに耳を傾け続けることであり、語ってもらうことなのだと思う。

投稿者 webmaster : 2008年08月01日 00:00|

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