つながり(2008年01月02日)

望月 悠美 (モチヅキ ユウミ)
総合政策学部政策科学科
第45回「昭島子ども放送局~昭島市産業まつり~」番組プロデューサー

「子ども放送局」
これは、FLP松野良一ゼミで「多摩探検隊」の制作と共に行なっているプロジェクトである。小中学生が自分の住む街を紹介し、地域の魅力を再発見しようというものだ。子どもたち自身が撮影やレポート、インタビューを行なっており、私たち大学生はそのサポートをしている。この活動は二〇〇三年から始まり、今年で五年目となった。毎年、七月には福井県高浜町で、二月と十一月には東京都昭島市で活動を行なっている。
毎年、「昭島子ども放送局」の第一回目は、昭島市で行われる「昭島市産業まつり」をレポートすることになっている。今年で三年目となり、毎年出店や催しにあまり変化のない祭りをレポートするため、VTRはマンネリ化してきている。「どうしたら、今年らしさをだせるか」。長年続いてきたプロジェクトだからこそ、出てくる悩みだった。
「今年らしさ」を見つけるため、昭島市役所に産業まつりについて詳しい話を聞きに行った。担当である産業振興課の内野さんは第一回目の子ども放送局のときからお世話になっている方である。話の途中「○○さんはお元気ですか」と、今は社会人として活躍されているゼミの一期生の名前が出てきた。私も名前を知っているだけで、直接はお会いしたことのない先輩である。私の目の前にいる内野さんは、子ども放送局の始まりを知っている。私よりもずっと昔から子ども放送局を知っているのだ。そう思うと、なんだか不思議な感じがした。
私が「子ども放送局」といって市役所を訪れて、親切にお話を聞いて下さるのも、先輩方の残した功績があるからである。プロジェクトを始めるにあたって、市役所や学校に活動を理解してもらうためにどれだけ大変だったか、と思うと、私のやっていることなんてどれだけ楽なのだろうかと思えてくる。「今年の子ども放送局ですが・・・」と恒例行事のように小学校に連絡することができるのも、先輩達がプロジェクトとして成功させ、認められたからなのだ。
できあがったVTRの上映会で校長先生が、「最初はお互いが手探りの状態でした。しかし、今年で四年目となり、プロジェクトとして完成し、今回はとても安心して見られました」とおっしゃってくれた。第一回目から子ども放送局の成長を見てこられた校長先生からの言葉はとても重みがあり、温かかった。目の前だけを見てひたすらに走ってきた私は、プロジェクトの大きさを改めて実感した。
「昔」があるから「今」がある。「先輩」がいるから「私たち」がいる。今回の昭島子ども放送局の活動を通じて、その「つながり」の強さを感じることができた。(1061字)

投稿者 webmaster : 2008年01月02日 00:00|

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