職人の背中(2007年12月03日)

葛西 友久 (カサイ トモヒサ) 
経済学部経済学科
第44回「多摩を支えた竹細工」ディレクター・番組プロデューサー

二〇〇七年八月。じりじりと太陽が照りつける中、腕を真っ黒にしながら、私が何度もバイクを走らせた場所がある。

ある日の新聞記事で、瑞穂町箱根ヶ崎に竹細工を作り続けて六〇年になる職人、猪俣民平さん(八二歳)がいることを知った。興味を抱いた私は、実際に会い、お話を聞いてみたいと思った。それはなぜだろうか。きっと、今までに私が職人さんと接したことが無かったということだけではなく、ひとつの仕事に対して、ひたむきに仕事を続ける職人の姿に憧れていたからだろう。それは、私には足りないものだった。
初めて猪俣竹細工店を訪れたとき、私は話を聞けるだろうかという不安な気持ちでいっぱいだった。だが、作業場で竹かごを作っていた猪俣さんは、初対面の私を暖かく迎え入れてくれた。そしてその場で、実際に作業を見せていただいた。身丈ほどある竹を力強く割る姿は、とても八二歳には見えなかった。竹をサクサク割いていく作業や、竹をいとも容易く編んでいく姿は、私が想像していた職人像そのものであった。その姿に感動を覚えた私は、多摩にはこんな素晴らしい人がいる。この感動をVTRにして伝えたいと思った。
ゼミで企画が通り、構成を考え、撮影まで無事に終えることができた。しかし、編集段階に入った私は、思わぬところでつまずいてしまった。結局のところ、自分が一番何を伝えたいかよく分からなくなったのだ。本当にVTRが完成できるのだろうかと弱気になる事も多々あった。
そんなときに、VTR中では使われなかったが、私は黙々と作業をする猪俣さんの背中を撮りに行った。その背中からは作業場から見える青梅街道の変遷、町や人の変化や後継者がいない事への寂しさがにじみ出ていた。そして、それとともに、六〇年間竹細工を作り続けている職人の風格を感じ取る事もできた。その姿を見て、私は伝えたい事がなにか再認識できた。それは、この六畳くらいしかない作業場で、竹細工に人生すべてを注ぎ込んできた猪俣さんの思いであった。
そして、何から何まで初めての事ばかりだったが、ゼミの仲間や先輩方の助けがあって、なんとかVTRを完成させる事ができた。

完成したVTRを見て、ふとバイクで駆け回っていた日のことを思い出した。私は猪俣さんのところを訪れる度に、猪俣さんにとって、竹細工とはなんであるかと質問をした。何回も同じ質問をしているのにもかかわらず、嫌な顔を一切せず、「生き甲斐だね。仕事だけど趣味みたいなもんだわね。朝から晩まで作り続けても全く疲れない。むしろ何もせずテレビを見てるほうが疲れちゃうわね」と、やさしい口調でいつも答えてくれた。私はいつも帰り道にその言葉をかみ締め、直接その言葉を聞ける私はなんて幸せ者なのだろうと思いながらバイクを走らせていた。

VTRが完成して、こんな素晴らしい人たちに、もっと会いたいと思うようになった。次はいったいどんな人たちに出会うことができるだろうか。
大きな期待を胸に、私はまだ見ぬ目的地にバイクを走らせる。

投稿者 webmaster : 2007年12月03日 00:00|

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