大切な人、大切な言葉(2007年06月01日)

石野 菜美 (イシノ ナミ)
総合政策学部政策科学科
第38回「心に残った言葉」ディレクター

四月二十一日土曜日、その日は朝からあいにくの曇り空。その朝のことはあまり覚えていない。気づくと撮影地の最寄り駅である河辺駅につき、撮影班員5人、並んでバス停のベンチで朝ごはんを食べていた。自分にとっては多摩探検隊に入ってから初めてのVTR制作である。私の企画は、人から言われた言葉で今も心に残っているものをカメラの前で話してもらうというもの。1分30秒という短い枠の中で自分はどこまでできるのかという焦りで、ただ夢中で駅まで来た。
撮影はスムーズにすすみ、昼食をとるころには太陽も出てきてくれた。勿論、撮影交渉自体は難しいところもあったが、皆笑顔で心に残った言葉を教えてくれた。子どもが毎日言ってくれる「いってらっしゃい」と「おかえり」。けんかしたときは必ず自分から言う「ごめんね」。故郷に残してきたお母さんからの手紙にあった「がんばるんだよ」。山登りの途中で知らない人と交わす「こんにちは」。どの言葉も、あたたかさと人間味にあふれているものばかり。聞いているこちら側も嬉しくなり、このテーマでよかったなと思った。  
そうして取材を進める中で一組の家族と話をする機会があった。
「『いってらっしゃい』。どんなに忙しくても、手を離せなくてもね。夫が出かけるときは必ずそう言うの。後になって、言えばよかったって思うのは遅いでしょう?」。そう話す一人のおばあさんの姿に、気づくと自分の母の姿を重ねていた。朝、会社に学校にと家を出る父と私と弟とそれぞれに、母は必ず「いってらっしゃい」を言うために玄関の外に出てきた。母自身がどんなに忙しくても、たとえ喧嘩をしていて私が無言で出ようとしても、である。目の前にいるおばあさんは夫に少し目配せをしながら微笑んでいる。「いつ何があるかわからないから、そのとき後悔したくないからね」。同じようにそう言って小さく笑った母のことを私はぼんやりと思い出していた。
なにげない言葉だからこそ、日常の当たり前になったことだからこそ、なかなか気づくことのできない大切な言葉。あえて意識はしないけれど、それがなかったら、それを言ってくれる人がいなかったら、この当たり前の日々はきっと壊れてしまう。いつかそれが当たり前じゃなくなるその前に、もっと気づきたいと思った。
帰りのバスでは、なにも話さずにいた。なんとなく満たされた気持ちだった。ゆらゆら揺られながら、今度実家に帰ったときの第一声は、「疲れた」でも「おなかすいた」でもなくて、ちゃんと「ただいま」にしようと思った。家に帰ることが当たり前ではなく帰郷という言葉に代わってしまっても、そこにはあたりまえのように私の帰れる場所があり、「おかえり」をくれる人がちゃんといるから。
大切な人からもらう、大切な言葉。私もそんな言葉をちゃんと言える人になりたい。

投稿者 webmaster : 2007年06月01日 12:00|

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