「伝える」ということ(2007年06月02日)

後藤 彩 (ゴトウ アヤ)
法学部政治学科
第38回「多摩まるかじり!!」レポーター

六月に放送された「多摩まるかじり」は二年生が中心となり制作した初めての番組だった。私も企画の段階から関わっており、その企画でリポーターを務められることを初めは単純に嬉しく思った。しかし、苦労して構成を練るディレクターの姿を見るうちに、自分のせいで番組を駄目にしてはいけないというプレッシャーや、オーバーオールを着用し、元気に明るくリポートする「多摩まるかじり隊員」のキャラクターを自然に演じることが出来るのだろうかと不安が募っていった。撮影までに私は頭の中で流れを何度も確認した。前日は自宅の鏡の前で笑ったり、自分に「明るく明るく!」と言い聞かせて、心の準備をした。
実際に撮影当日を迎えると、事前の準備はあまり意味をなさなかった。カメラが回ると恥ずかしさが表情に出てしまったり、話すことに必死になるあまり、動きを間違ったりと、自分のイメージしていた通りにはいかなかった。インタビューのシーンでも、返ってくる答えに、臨機応変に対応できず、ありきたりなことしか言えない、続けて質問が出てこないなど自分の不甲斐なさを感じた。
現場を何度も訪れ、事前取材を通して初めて知った、トマト作りの過程や、苦労。何気なく口にする食べ物一つ一つの裏側には、作り手の愛情や思いがたくさん詰まっているのだという実感。自分が取材を通して得た感動や、伊藤さんのお宅を通して浮かび上がる日野の農業の歴史をどのようにリポートすれば伝えられるのか。そして今、季節を問わず、生産地が遠かろうが近かろうが、どんなものでも手軽に手に入る現代にあって、手軽さと引き替えに、食べ物の裏側が見えなくなっている気がした。この番組をみることで、普段口にする食べ物の裏側や、自分の地域で何が栽培されているのか興味を持つきっかけになるものにしたいと強く思った。
リポーターは自分の表現や反応次第で、言葉以上に取材対象の魅力を伝えることも可能かもしれない。そのことにおもしろさを感じた。そして現場を訪れ取材をする中で、常に興味を持ち感動していなければ、リポートは出来ない。これが今回のリポーターの経験から学んだことだった。
完成した番組を見ると、そこには、いつもの自分ではない多摩まるかじりリポーターとしての私が映し出されていた。私のリポートは焦りや、緊張から早口になり、声のトーンも高くなっていた。もっと落ち着いてリポートできていれば、全体を見渡してより深いことや面白いことまで聞けたかもしれない。課題や反省点の多く残る、初リポートだった。
けれど、私が現場に行って最も感動した事だけは、伝えられたような気がした。
蒸し暑いハウスの中でかじったトマトの甘さだけは・・・。

投稿者 webmaster : 2007年06月02日 12:00|

コメント

コメントしてください




保存しますか?