高尾山で拾ってきた「杖」(2006年10月01日)

池内 真由 (イケウチ マユ)
法学部政治学科
第30回「ありがとう~支えてくれたあなたに~」ディレクター

連休中の高尾山。初めて多摩探検隊の一員としてVTRを制作することになった。天候にも恵まれて、京王線高尾山口駅を降り立つと、そこにはすでに予想以上の人混みができていた。

企画、構成がとてもスムーズに決まったので、当日の撮影もなんとかなるだろう、そんな風に思っていた。しかし、何を撮ったらいいのかも分からず、カメラの使い方もおぼつかない状態だった。また、見知らぬ人に話しかけ、「カメラに向いてメッセージをお願いします」というお願いをするのに気後れしたり、取材に応じてくださった方から「ありがとう」にまつわるエピソードをなかなか引き出せなかったりと悪戦苦闘した。しかし、慣れてくるにつれて撮影を楽しむことができるようになっていった。
すくすくと成長する子どもの寝顔に「ありがとう」、いつも相談にのってくれる友だちに「ありがとう」。それぞれの「ありがとう」を撮りながら、なんだか優しい気持ちになっていったからだ。撮った映像をパソコンに取り込んでからは、映像を並べかえたり、音楽を付けたり。そんな編集作業を幾日も続けるうちに、自分も昔、家族5人で高尾山に登ったことを思い出した。

いつのことだったかは思い出せないが、1.5メートルくらいの一本の棒を家に持ち帰ったことがある。登山中に見つけて杖の代わりに使用したものだった。私たち姉妹はこぞってその杖を取り合い、杖をつきながらの登山を楽しんだのだった。ゆがみもあまりなく、すっとのびて握り心地がよかったので、用途はなかったが気に入って玄関に置いていた。

山道を行く人の支えになる杖。久しぶりに登山した高尾山には、自分たち家族のように、そんな木の棒を杖代わりに持って登っている人々は見られなかった。家族で行った時とは経路が違うし、その時はたまたま杖にちょうどいい棒を見つけたにすぎないのだろう。しかし今回、私は高尾山で杖に支えられるように誰かに支えられて生きている人々の「ありがとう」という言葉を持って帰ってきた。そしてそれは約2分間の短いVTRだが、その人たちの「ありがとう」をぎっしりと詰め込んだ作品になったと思う。

玄関を見ると、今も高尾山で拾った棒が横に置いてあった。ずっとそこに置いてあったのだろうが、今回VTRを作るまですっかり忘れていた。自分を支えてくれるものも、普段そこにあってもなかなか気づかないものかもしれない。棒を見ながら、私にとって今の生活の杖、支えとなっている人は誰だろうと考えた。そして、たくさんの人の顔を思い浮かべながら、横になっていた棒を見えやすいように玄関の隅に立てかけた。

投稿者 webmaster : 2006年10月01日 12:00|

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