私の映像制作奮闘記(2006年09月02日)

鈴木 千佳 (スズキ チカ)
文学部文学科英米文学専攻
第29回「多摩の名人 ~けん玉に人生をかける男~」ディレクター

私と彼との出会いは、家の郵便受けに投げ込まれていたフリーマガジンであった。この一冊によって私の映像制作奮闘記は始まる。

けん玉師・伊藤佑介さん(27)。金髪にパーカー、いかにも今どきの兄ちゃんという出で立ちの彼が手にしていたものは、日本の伝統玩具・けん玉であった。記事を読んだ私はそのギャップに驚き、また同じ日野市に住んでいるということで親近感が湧いた。私は早速彼にメールを送り、お話を伺うことにした。

そして、初対面の日。伊藤さんはキックボードに乗って現れた。「本当にこの人がけん玉を?」内心そう思いながら喫茶店でお話を聞く。「収入源はけん玉のみ」。初めは信じられなかったが、どうやら本当らしい。収入源は、イベント出演料、けん玉教室の月謝、そして大道芸の収入の三つ。以前はアルバイトもしていたが、東京都公認の「ヘブンアーティスト*1」審査に合格すると、イベントの依頼が約三倍に増え、「けん玉だけ」で生計を立てることができるようになったという。七歳でけん玉と出会い、その魅力にとりつかれてから20年。子供の頃はおもちゃでしかなかったけん玉を手に、今や世界中で活躍している。伊藤さんに対して聞きたいことが泡のように湧いて出てきた。そして、私は、伊藤さんにスポットを当てた映像作品を制作しようと決心したのである。

早速ゼミに企画書を提出し、ゴーサインが出るとすぐ伊藤さんへ取材の依頼。快諾して下さったものの、売れっ子けん玉師である伊藤さんとはなかなかスケジュールが合わない。イベント出演のため日本全国をまわったり、けん玉教室で子供達に技を教えたりと大忙しなのである。初めてインタビューを撮ることができたのはショーの休憩時間であった。このとき伊藤さんのけん玉に対する思い、真面目な人柄、そして真剣な表情でけん玉を鮮やかに操る姿を目の当たりにした。私は、これら全てを多くの人に伝えたいとその時強く思った。

インタビュー、ショーやけん玉教室の映像、昔の写真。材料は揃った。しかし、編集を進めていくと、思わぬ壁にぶつかった。「笑顔」がない。もちろん、けん玉教室へ通う子供達の笑顔は撮れているのだが、肝心の伊藤さん自身の笑っている映像がない。これでは「伊藤さんがどれだけけん玉が好きか」ということを表情で伝えられない。伊藤さん自身、真面目な性格だということもある。しかしそれ以上に、インタビューの緊張した雰囲気を和やかにすることを怠っていた自分がなさけなかった。その後、追加のインタビューがあったので伊藤さんにもう一度撮影をお願いした。しかし、うまく表情が引き出せない。やっと撮れた表情も「微笑み」であった。

私は、この「笑顔不足」を他の手段で補うことにした。明るいBGMを使ったり、ナレーションで補足説明をしたりする。何度も手直しをし、ゼミ生や先生にチェックしていただいた。なかなかうまくいかず「どうして伝えられないのだろう」と思い悩む日もあった。そして、試行錯誤の末、作品が完成した。「多摩の名人~けん玉に人生をかける男~」。今の私の精一杯の思いが詰まっている。

2006年9月、「多摩探検隊」での全ての放送が終われば、私の映像制作奮闘記はひとまず終焉を迎える。この作品が、多くの人にとって生き方を考える契機となればうれしい。

*1 東京都の資格審査に合格した者だけに与えられる称号。東京都は、公開オーディションに合格した大道芸人やミュージシャンらをヘブンアーティストに認定し、ライセンスを発行することにより、その活動を支援している。「ヘブン」とは、アーティストと観客が共に楽しめる「天国」に、との思いから命名されたもの。

投稿者 webmaster : 2006年09月02日 12:00|

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