ある大学生の夏休み(2006年09月03日)

三枝 健介 (サエグサ ケンスケ)
総合政策学部政策科学科
第29回番組プロデューサー

大学生の夏休みは長い。普通の学生には、8月上旬から、楽しい楽しい夏休みが2ヶ月近くおとずれる。しかし、今年。私はその8月のほとんどを、学校で過ごす事となった。人のまばらな学校で、学生食堂すら営業していない時間に、多摩探検隊の制作のため、パソコンに向かっていたのだ。

番組プロデューサー。その大役を任された1ヶ月間、私の頭の中にはずっと『多摩探検隊』があった。登下校のモノレールに揺られながら、風呂の中で、眠りに付く前。私は常に、番組のスタジオの演出やセリフについて考えていた。
第29回多摩探検隊は、スタジオに割ける時間は2分弱。たったの2分間。その2分間の中で、私は「『自分の色』を出したい!」と考えていた。しかし、こんな抽象的な考えを映像で表現することほど、難しいことはない。自分一人で考えても、煮詰まるだけで、とても良い案など出てはこないのだ。2分間がとてつもなく長く感じられた。
もういいや、と投げやりになることもしばしばあった。そんな時、いつも私に喝を入れてくれたのは、ゼミで共に作業する仲間たちであった。彼らがいなかったら、私は「ちくしょう、やってやる!」と思うことすらなかっただろう。そして同時に、良い提案をくれるのも仲間たちだった。くだらない冗談を言いながらの、何気ない会話の中で提案された言い回しや演出をスタジオには採用していった。
夏休みの学校は誰もいなかったが、私は決して独りではなかった。仲間の励ましがあったからこそ、私は最後まで作業を続けられたのだと思う。
「映像制作はチームワークだ」と言う人がいる。私は、その意味を今回の『多摩探検隊』が完成して、身をもって感じることができた。

そして、もう一人。私の番組制作の日々を支えてくれた人がいる。それは母だ。
番組を制作する間、私の帰宅はひどく遅かった。家で時間通りに夕飯を食べた記憶はない。母も毎日仕事があるので、顔を合わすのは2日に1度くらい。合わせたとしても、私は「ただいま。明日も学校行くから」とだけ言って、寝てしまう。次の日の朝には母は家を出ていて、私も学校へ向かう。そんな日々の連続である。
きっと母は、夏休みに毎日学校へ向かう私を心配していたことだろう。しかし、母は私の「今、やりたい。」という気持ちを理解してくれていた。たいした文句も言わなかった上に、私の身体を心配してくれていた。ある時、「ちゃんとご飯は食べているの?」と聞かれたことがあった。私は、「パンとかコンビニで済ませているよ。」とだけ答えた。すると、その日を境に、深夜私が帰宅する時間には、電子ジャーに炊き立てのご飯が用意されていた。夜、一人で夕飯の残りと共に食べた、あのホカホカのご飯を、私は忘れないだろう。

投稿者 webmaster : 2006年09月03日 12:00|

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