第23回「多摩ニュータウン特集」(2006年03月01日)

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「多摩ニュータウンの今とこれから」


昨年、多摩ニュータウンは都市計画決定から40年を迎えた。今年は第1次入居開始から35年になる。開発事業は、本年での終了が予定されている。街や人、ライフスタイルの変化の中で、住民の方々は何を思い、どんな生活を送っているのだろうか。3月という節目のときに、この街の過去と未来を考える。

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第23回制作

<番組プロデューサー>小塚悠美加

<キャスター>小田香緒里

<ディレクター・AD>
「前編・後編」
阿部公信 三浦光晴 小池八重美 豊田直樹 山成耕太

「スタジオ・オープニング・エンディング」
降旗翔子 小塚悠美加 山本久美子
市瀬さくら 小田香緒里 輪違理恵 廣田衣里子

<協力>貝取こぶし館 多摩市 都市再生機構東日本支社
多摩事業本部(50音順)


スタジオディレクター・降旗翔子


「多摩探検隊」第1回放送から、もうすぐ2年がたとうとしています。「多摩探検隊」発足当初のメンバーである私達、現4年生もこの春卒業します。そこで、3月放送分は、4年生のみで制作することになりました。
私は、スタジオとオープニング・エンディングの制作責任者でした。制作期間である2月は、受験期間だったため、大学を使うことが出来ず、スタジオの撮影場所を探すのも一苦労でした。VTRの内容が多摩ニュータウンだったため、多摩ニュータウンが見下ろせる公園はないかと、市役所の公園課の方に教えていただいたりしました。自分達で良い公園を探す為に、雨の中いくつもの公園をはしごしたりもしました。最終的には、公園ではなく大学の教室を装飾して撮影しました。しかし、この数ヶ月間やってきたことに何ひとつ無駄だったことはないと言い切れます。それは「より良いもの」を目指して毎日を過ごしてきたからです。仲間とぶつかったことや、早朝ひとりでカメラを担いで数秒の絵を撮りに行ったこと、公園を探し歩いたあの日がなければ、この作品は無かっただろうと思えるからです。
卒業間近に、定期券を買って毎日のように大学に通うことになるとは思ってもいませんでしたが、大学生活を締めくくるにふさわしい作品を作ることが出来て、とても嬉しいです。


「前編・後編」ディレクター・三浦光晴


私は、今回の取材を「街づくりのお手伝い」だと意気込んだ。
番組に登場する竹中さんと初めて出会ったとき、とても長い時間談笑した。その中で、とても印象に残った言葉がある。 「ニュータウンは失敗だったという人もいるが、まだたった30年しか経っていない。この街は、これからなんだ」。
たった1人の住民の思いでも、それが地域に広がっていくと、街の表情に魅力が増す。取材を重ねるうちに、私の中にあった「多摩ニュータウンはオールドタウン」という問題意識は変化した。少子高齢化や老朽化などを懸念することより、街で起きている人々の営みの中に飛び込むことで、心から伝えたいと思う「話題」と巡り合ったからだ。
街の魅力を知ることで、街へ向ける眼差しも豊かになる。それは、「街づくり」のひとつの形かもしれない。この街をもっと知りたい・伝えたい。自分以外の方々にも「多摩ニュータウン」を見てほしい。募る思いが、数ヶ月に及ぶ取材活動に私を誘った。


「前編・後編」ディレクター・阿部公信


今回は「多摩ニュータウン」という壮大かつ抽象的なテーマだったので、焦点をどこに絞ったらよいのか苦戦しました。
企画を考える段階で「多摩ニュータウン=オールドタウン」というイメージを持っていました。そして、そうしたステレオタイプな切り口から企画書を書き上げ、取材を進めようとしました。しかし、実際に取材を進めるうちに、それは一つの側面でしかないことに気付かされました。多摩ニュータウンは段階的に開発がされてきたため、地区ごとに特徴があることがわかったのです。少子高齢化が進む地区もあれば、若い人が増えている地区もあり、それはデータでも明らかでした。まさにじかに取材をしたからこそ知り得た「発見」でした。
また、企画を考えた当初は、ニュータウンに長年住む人に生じた生活の変化や現在の生活についての報告だけを予定していました。しかし、今回取材させて頂いた竹中廣吉さんが作品の最後で語っている想いによって、「まちづくり」という側面まで作品を深めることができました。その言葉は廣吉さんがインタビューの合間に発した何気ない一言でした。
今回はいろいろな偶然が重なって完成した作品です。「映像は生き物だ」。今回の取材を通して、私は強くそう思いました。


番組プロデューサー・小塚悠美加


『四年生全員で多摩探検隊をつくろう』それは構成・内容・誰が何をするかなどすべてをみんなで考えて、みんなで行なうということだった。
ひとつの部屋に集まり、ご飯も食べずに朝から晩まで作業を行なった。しかし不思議なことに辛くなかった。むしろ多摩探検隊立ち上げ当時のガムシャラで熱い思いを持っていた楽しかった頃を思い出していた。
多摩探検隊一期生12人で私たちらしい番組を生み出すことができた。個性豊かでわがままな私たちだからこそつくれた作品だと思う。

投稿者 webmaster : 2006年03月01日 12:00|

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