私の宝物(2006年02月03日)

Yukari Mori森 友香梨 (モリ ユカリ)
総合政策学部国際政策文化学科
第22回番組プロデューサー

多摩で迎える二度目の冬がやってきた。都心に比べると多摩は寒い。モノレールから枯れ木ばかりの景色を見ると、どうも多摩は寒い気がする。そんなことを考えながら、私は足繁くカメラと三脚を持って学校へ通っていた。第22回「多摩探検隊」用に使える雑観を探すためだ。

昨年の11月、私は第22回番組プロデューサーに指名された。寝耳に水だった。その頃私はこのゼミに入って7ヶ月。初めての映像制作や稚内で行われたワークショップのTAなどでバタバタした半年を終え、一息ついていたところだったのだ。すぐさま「森友香梨」という一中大生の頭の中で、緊急会議が開かれた。

はて、困った。今までどのタマタンにも、番組プロデューサーの涙ぐましいスタジオ秘話があり、各々自分色のスタジオを作り出してきた。だが、生憎私はそういった発想力は持ち合わせていない。私にできるのだろうか?でも、細かいことは引き受けてから考えればいい。やってみたらいいじゃないか!
三分ばかりの葛藤の末私は番Pを引き受けた。だが生来飽きやすい性質なので、すぐに嫌になってしまった。だが引き受けた以上仕方がない。さっさと終わらせてしまいたい一心で必死に構成を考えた。気づけば楽しみながら撮影の準備をし、タマタンで頭がいっぱいになっていた。「私は別に『多摩探検隊』に愛着がない」と嘯いていた割に、一生懸命になっていた。お風呂に入っている時、授業中、電車の中…。時間があればずっとタマタンのことを考えて、思いついたことをメモしていた。タマタンとの共同生活とでも言おうか。あまりにもタマタンで頭がいっぱいになってしまい、同窓会の時に番号交換した同級生のメールはすっぽかし、友達のドライブのお誘いはドタキャン。仕舞いには、久しぶりの再会を懐かしむよりも先に、友達に向かって「コタツとみかんをスタジオに置くのはどう?」と聞いていまい、怪訝な顔をされてしまった。何が私をここまで夢中にさせたのだろうか。

詰まるところ、私はタマタンが好きなのだ。だけど、自分に能力がないから引け目を感じて拗ねていたのだ。我ながら情けない。お子ちゃますぎる。
そんな思いを胸に抱きながら、私はエンドロールに「番組プロデューサー 森友香梨」と打ち込む。ついにこの時が来た!という嬉しさも一緒に。
結局、私の「多摩探検隊」は、良くも悪くもないオーソドックスなものに仕上がった。改めて自分の発想力の乏しさと不注意さを実感した。だけど、山のようにある後悔も、自分が関わったタマタンがものすごく愛しいことは否定できない。

構成を考えるも何も思いつかずに自己嫌悪になり泣き出した夜。「スタジオにコタツを置きたい」と思い、先輩から無理やりコタツを借りたこと。祖父と一緒に見栄えのよいミカンの並び方を研究したこと。寒空の下、三度もスタジオ撮影に付き合ってくださった先輩方と友だち。夜遅くにチェックをしていただいた先生。多くの人の忍耐と協力で作り上げた「多摩探検隊」は私の宝物だから。

投稿者 webmaster : 2006年02月03日 12:00|

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