第19回「おもちゃ病院を訪ねて」(2005年11月01日)
「おもちゃ病院を訪ねて―ドクターたちの生きる場所―」
いま全国で、子供たちの壊れたおもちゃを修理する「おもちゃ病院」の活躍が広まっているのをご存知ですか?これは、そこで新たな生きがいを発見し、第二の人生を歩むおもちゃドクターたちのドキュメンタリーです。第19回制作
<番組プロデューサー>中島聡<キャスター>三浦光晴
<ディレクター・AD>
「おもちゃ病院を訪ねて―ドクターたちの生きる場所―」
橋田菜穂 生方杏里 高橋芙由美 古江絢美
<協力>NPO法人ケボの会 おもちゃドクターのみなさん
第19回キャスター・三浦光晴
私が多摩探検隊に「出演」するのは、これが2回目。前回はリポーター、今回はキャスターとして、カメラの前に立った。それぞれ仕事内容は異なるが、共通して感じることがあった。それは「カメラに撮られることの違和感」である。
テレビに映った自分が、視聴者に語りかける。それはとても魅力的な経験だ。しかし、カメラを向けられること・カメラに話しかけること・自分がテレビに映ることには、照れくさに似た違和感がある。去年の「あきしま子ども放送局」の際、私がリポーターを務めたVTRを見た小学生に、「恥ずかしくなかったの」と尋ねられた。その子も、これから自分がリポーターをするにあたって違和感を抱いていたのかもしれない(単に、私のリポーター姿が格好悪かっただけかもしれないが)。
多摩探検隊の活動を通じて、私たちは撮ることにも、撮られることにも慣れていくだろう。しかし、取材を受ける地域の方々は、そうではない。日々の取材で地域の人々にカメラを向ける多摩探検隊。地域の魅力や問題に対して、人々と同じ気持ちで向き合うために、私はこの素朴な違和感を大切にしていきたい。
21世紀。デジタル化の時代。カメラに撮られて魂を抜かれると思う人はいないが、撮る側が心を込めた取材を行わなければならない。そんなことを考えた、第19回のキャスターだった。
「おもちゃ病院を訪ねて―ドクターたちの生きる場所―」ディレクター・橋田菜穂
「おもちゃ病院」という言葉を聞いて、まず思い浮かんだのは子供たちの姿でした。私の中では、壊れたおもちゃが病院で治療を受け、子供たちの手に戻るまでの姿をこの作品で描こうとはじめに決めていました。しかしいざ取材、撮影をはじめると、いつの間にか主役は子供たちからおもちゃを修理するドクターたちに移っており、そして完成したのは、定年後の人生をおもちゃ病院にかけるドクターたちのドキュメンタリーでした。完成後の上映会で、「おもちゃ病院のタイトルからこの内容は想像できなかったなぁ」というコメントを頂いたのですが、実は作った本人も想像していなかったのです。実際に現場に行ってみないと何が撮れるかわからない、自分が予想していなかったものがカメラに映っていたりするのも、映像制作の面白いところだなぁと、この作品を制作していて改めて感じました。この偶然できた?ドキュメンタリーで、何か感じるものがあってくれれば幸いです。
番組プロデューサー・中島聡
今回、第19回番組プロデユーサーを引き受けることになり、うれしい限りでした。キャスターがVTRの紹介をする、この単純な作業がどれだけの責任を担っているか私はまだ知りませんでした。
実際に撮影に取りかかり、番組プロデユーサーとしての仕事を目の前にすると、その責務は私の思っている以上に重く、驚きました。納品日が近づくと、胸の鼓動が早くなっていたことを覚えています。撮りなおしたくても天気がよくならない・・・そんな日が何日か続きました。すると、胸の鼓動がまた勢いよくテンポを増すのです。その分、納品ができた時の喜びと、ホッとした気持ちは今も覚えています。
しかし、私にとって映像制作はまだまだこれからです。これからも皆さんに多摩の魅力をお伝えできるように頑張りたいと思います。
投稿者 webmaster : 2005年11月01日 12:00| ↑
