私が感じた“家族”というもの(2005年09月02日)

藤井 智子 (フジイ トモコ)
法学部政治学科
第17回番組プロデューサー


私は自分の部屋を持っている。初めて一人部屋を与えられたのは小学校3年生の時、一人前になった気がして、本当に嬉しかったのを覚えている。しかし私は一人で居るよりも家族と一緒に居るほうが好きだったらしく、やっと手に入れた「一人部屋」は、ただの「寝る部屋」に変わってしまった。家族とゲームをしたりテレビを見たり、話をしているほうが楽しかった。家族と供に過ごす時間は私の生活の大部分を占めていたのだ。

しかし最近、私は家族と話すどころか、顔を合わせることもしなくなった。というのも、帰りが大体夜中の上に朝も早い時間に出かけてしまうからだ。大好きだった母のご飯も、食べなくなった。寂しいとは思うけれど、今の私にはどうする事もできず、やはりまた同じ事を繰り返す日々が続いている。

今回私がディレクターを務めた『あったかうど家族』では、一生懸命にうどを育てている家族を撮影した。1万坪もある敷地でうどをメインに栽培し、他にもブロッコリーやとうもろこしなどたくさんの野菜を育てている。ご主人を筆頭に奥さん、息子さん、お嫁さんの4人で畑仕事をしており、ご主人に「お孫さんは欲しいですか?」と質問すると、顔をくしゃくしゃにして「楽しみにしています」と答えてくれた。農家の後継者不足が騒がれている世の中で、この家族は本当に仲良く、そして幸せに暮らしていた。決して笑顔が絶えることがなく、私はこの家族に大きな「強さ」を感じた。

番組プロデューサーとしてこのVTRともう一つ、普段は言えない感謝の気持ちをカメラに向かって言ってもらう『ありがとう』も使うことにした。内容はおじいちゃんおばあちゃんへの「ありがとう」。遠く離れていてもおじいちゃん、おばあちゃんは私たちの家族である。家族に向けて言うありがとう、そんなこと照れくさくて言えないよと人は言うけれど、家族だからこそ、「ありがとう」と言われたら嬉しいのだ。

成長するにつれ、家族から離れていくことは仕方のないことだと思う。若い私たちにとって世の中は刺激的で、面白いものだ。しかしいつも側に居てくれて、決して私を否定しない場所。それがあるからこそ、私はこうして外へ飛び出していけるのだ。

今度、みんなで旅行でもしてみよう。きっと昔の私たちのように、そしてあの家族のように、笑顔の絶えない家族になるだろう。その時に、今の私の気持ちも言おうと思う。やはり少し照れくさいけれど、心から思う感謝の気持ち、「ありがとう」と。

投稿者 webmaster : 2005年09月02日 12:12|

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