半年が過ぎて(2005年07月01日)

舘小路 美保 (タテコウジ ミホ)
経済学部産業経済学科
第15回「手焼きせんべい物語」ディレクター

FLPジャーナリズム松野ゼミに入って、約半年が過ぎた。入ったばかりの頃は、このゼミでやっていることは今まで触れたことのない世界だったので、構造や目的などが全く理解できなかった。ただ、このゼミに入れば自分自身の何かが変わるはず、そんな野望を持っていた。

tatekoji1.jpg一ヶ月ほど経った頃、幸運なことに早くも私にディレクターの仕事が回ってきた。というのも、番組のストックを作ると同時に、各自のスキルアップを目指す目的で新しく導入された制度により、たまたま私に仕事が回ってきたのだ。何も知らなかった私は、正直不安も感じなかった。しかし、事の重大さに気づいたのは企画を出したときだった。私が一番初めに持っていった企画に対して、こんな企画の出し方では駄目だ、と私のグループの先輩に指摘された。そしてその時初めて自分の考えが甘かったことに気づき、私は冷や汗をかいた。そこから初めて映像制作ということの意味を考え始めた。

幸運が重なって、企画を探していくなかで、とても温かみのある一軒の手焼きせんべい屋さんと出逢った。その店は、ご夫婦で店を経営しており、二人とも元気で仲がよく、なにより取材や撮影をしに行った私達に対して、とても親切に振舞ってくれた。ただ、そんな素敵な人たちだったからこそ、この作品を良いものにしなければならないという想いが強く、それが自分へのプレッシャーともなった。 

構成立て、取材、撮影、編集…。全てが初めてで、覚えながら作業していくということは、本当に大変なことだった。もともと要領が悪く、何においても時間がかかる私にとっては、うまくいかないことが多かった。しかし、そんな私に対して、先輩は全てを一から丁寧に教えてくれた。アシスタントディレクターをしてくれた人も、常に私をサポートしてくれた。そんな恵まれた環境だったからこそ、私は本当に楽しく作品を作っていくことができた。しかし、自分の駄目な部分も沢山浮き彫りとなった。正確さ、几帳面さ、念入りさなど、自分の欠けている部分がこれらの作業には必要だった。今まではそういうことが足りない自分に対して半ば諦めていたが、やらなければならなくなったとき、自分にも一生懸命やればできるということがわかり、それが新しい自分の発見でもあった。

作品は無事に完成し、第15回の「多摩探検隊」で放送された。自分の作った作品がケーブルテレビで流されることになるなんて、夢みたいな話だったのだが、それ以上に出演していただいたせんべい屋さんのご夫婦に、出来上がったVTRを見せに行く時が一番緊張した。VTRを見終えたせんべい屋さんのご主人が発した言葉は、「よく出来ているね」という一言だった。その瞬間、作品を作っていく中で、私を支えてくれた先輩や仲間と私の頑張りが伝わったのだと感じ、目頭が熱くなった。

半年が過ぎて、映像制作というものに対してわかったこともあればわからないことも沢山ある。知識もセンスもスキルも、自分には足りないものがありすぎる。だから今はひたすらがむしゃらにやっていこうと思う。そういった中できっと、また何かをわかっていき、同時にわからないものにも遭遇していくのだろう。しかしどんな時でも、初心というものを忘れないようにしたい。私が最初に味わった、映像制作に対する感動と自分を支えてくれた先輩や仲間への感謝の気持ちを、常に持ち続けていたい。

投稿者 webmaster : 2005年07月01日 12:00|

コメント

コメントしてください




保存しますか?