一人四役の一周年記念スペシャル(2005年05月01日)

Keisuke Inoue井上 圭介 (イノウエ ケイスケ)
法学部法律学科
第13回「一周年記念スペシャル」制作担当

「第13回のキャスターをやってくれないか」。
桜のつぼみがようやく開きだした3月の終わり。すべての始まりは番組プロデューサーから送られてきた一通のメールだった。
「多摩探検隊」の放送が開始されてからちょうど一周年を迎えるその回は、過去の番組映像を振り返りながら、自分たちの活動の軌跡とこれからを考える構成になった。そんな記念すべき回のキャスターを、僕は任されたのである。ところが、任されたのはそれだけではなかった。番組プロデューサーの鶴の一声で、総集編制作のディレクターも、番組を放送しているケーブルテレビ局への取材も、VTRのナレーションも僕がやることになってしまったのだ。一人四役、それは想像以上の大仕事であった。

まず取り掛かったのは総集編制作である。これは過去の映像を編集してつなげるだけなのだが、何しろ1年分の映像がある上に、作り手や企画意図によって雰囲気がかなり違うので、ひとつにまとめあげる作業は予想以上に難航した。これと同時並行して、多摩地域のケーブルテレビ局の担当者にインタビュー取材を行い、撮れた映像を本編に次々と加えていく。伝えたい内容がどんどん膨らんでいくため、すぐに放送時間を越えてしまう。これほどまでに10分枠が短いと感じたことはなかった。
第13回そしてスタジオ撮影。僕は過去に2回、番組のキャスターを務めているが、何度やってもカメラの前に立つと緊張してしまう。またこの回はいつもより台本の量が多かった。読む早さ、滑舌、表情、そしてカメラの動きとの連携、全てに納得がいくまで何度も撮り直され、結局OKが出るまで実に35テイク。1つの場面にここまで時間がかけられたことは過去に例がない。いつもに増して丁寧に、時間をかけて、制作作業は進められた。
最初こそ余裕はあったものの、一人四役の負担は日に日に増していった。というのも、僕がひとつの作業に取り掛かっている間は、当然のことながら他の作業は進まない。そのため少しずつ、しかし確実に遅れが出るようになり、気がつけば締切りは間近、出来上がりまではほど遠い状況にまで追い込まれてしまった。時間だけが刻々と過ぎていく中で、一人でやるには限界があるのを言い訳にあきらめそうになっていた。

精神的な疲れがピークに達したある夜のことである。まだ肌寒い駅のホームで一人終電を待っていた時だった。
「がんばるねぇ」突然、父からメールが来た。家にいながらほとんど顔を合わせることのない父の短い励ましの言葉に、僕の目頭は熱くなっていた。
思えば、これまでの「多摩探検隊」には、ゼミ生や協力してくれた市民の方々をはじめ多くの人間が関わっている。一周年記念の今回は、そうした数多くの人々に支えられてはじめて成り立っているのだ。またそれは、制作をしている僕にとっても同じである。自分は決して一人ではない、家族やゼミの友人に心配され助けられていることを痛感した。番組を、そして自分を支えてくれる人たちのためにもいい映像を作らなければ。そう思い直し、試行錯誤を繰り返しながら、一年間の集大成にふさわしいものを求め続けた。

桜はすっかり散り、青葉が茂り始めた4月の終わり、第13回「一周年記念スペシャル」は幾多の困難を乗り越えてついに完成した。キャスターとして、ディレクターとして、伝えられる限りのことは出来たと思う。こちらに語りかける自分の姿や出来上がった映像に、ようやく誇りを持てるようになった。
第13回放送は、家族やゼミ生、そして取材先の方々など多くの人の協力によって出来上がった番組である。もし僕が完全に一人であったら、誰かに支えられていることに気付けなかったら、僕は仕事の重みに耐えきれずつぶされていたはずである。この場を借りて皆様に、お疲れ様です、そして、ありがとう。

投稿者 webmaster : 2005年05月01日 12:00|

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