子どもに触れて思うこと(2004年12月02日)

野尻 悠華 (ノジリ ユカ)
総合政策学部国際政策文化学科
「子ども放送局」担当プロデューサー

私は今、「子ども放送局」という番組を作っている。「子ども放送局」とは、FLP松野ゼミが「多摩探検隊」と併用して制作している番組で、今回で6回目を迎える。その内容は、子ども達が自分たちの学校や地元の様子を紹介するといったごく簡単なもの。しかしながら、作る方はとても大変。なんせ、番組制作経験のない子ども達に、カメラの使い方・撮影の仕方などを教え、実際に一つの番組を作り上げるのだから。

去年の秋、昭島市の小学生と一緒にお祭りをレポートする番組を作ったのが、私が「子ども放送局」に参加するきっかけだった。私はその時、TA(Teaching Assistant)のうちの一人として参加した。TAとは小学生にカメラの使い方や、撮影の仕方を教える人の事であって、小学生のサポート役である。その時に、初めて子ども放送局のプロジェクトに関わって、しかもTA初体験だった私は何をしたら良いかもさっぱり分からず、飛んで来る指示にしたがっていただけだった。しかし、そうしているうちに気付いたら立場はTAではなく、ディレクターになっていた。するはずでなかった編集も任され、眠らずに編集もした。

そして私は、気がつけば「子ども放送局」のプロデューサーになっていた。

3月28日、2004年度最後のTOEFL終了後すぐ、私は新大阪行きの新幹線に乗った。下車駅は名古屋。その目的はそう、「子ども放送局」を撮るため。

私たちが今回「子ども放送局」を作り上げる為に訪れたのは、名古屋は千種にある英才教育学校ドルトンスクールである。ドルトンスクールとは、簡単に言えば小さいころから通える塾のようなもので、有名な河合塾が経営している。そこに通う生徒たちはIQ180を超えるとさえ聞いていた。初めて訪れる名古屋、初めて接するIQ180の子どもたち。そんな初めて尽くしに私は少し緊張していた。少しの不安もあった。しかし、それを上まわるぐらいの期待もあった。撮影と編集に当てられた二日間。それはとても忙しく、まるで風のように通り過ぎていった。

私個人としては、二度目の「子ども放送局」。一回目は自分で精いっぱいになっていて見えなかったものが、今回は不思議と見えてきたように思う。初めて一人での編集を経験し、自分の力にも少し自信がついた。前は納得いっていたものも、納得できなくなり、もっとこうしたいと思えるようになった。子どもの個性を引き出すことも難しさも身にしみた。子供への愛情も人一倍になった。それらは、「多摩探検隊」の活動だけでは気付かなかったことだろう。偶然にしてなった「子ども放送局」のプロデューサー。しかし今は、それが嬉しくてたまらない。子ども達の外に向かおうとする強い力。道行く人の子供たちに自然と向ける笑顔。今まで忘れていた子どもの視点で物事を考える事。子どもの持つ、人をやさしくさせたり、和ませるような不思議な力。そういったものに、囲まれ、毎日が新しい発見や刺激となっている。だからこそ、子ども放送局は辞められない。

投稿者 webmaster : 2004年12月02日 13:32|

コメント

コメントしてください




保存しますか?