ぶらり旅もつらいよ(2004年11月01日)

Mitsuharu Miura三浦 光晴 (ミウラ ミツハル)
文学部社会学科社会情報学コース
第7回「多摩探検隊」プロデューサー

第七回のコーナー作品「多摩闊歩のぶらり旅」(7分20秒)は、春に撮影を開始し、完成まで約六ヶ月かかった。この作品は着物を身にまとった男(自分)が、多摩の魅力を発掘すべく街を散歩するというもの。当初はニ~三週間で仕上げる予定だった。それなのに、なぜ半年も費やしてしまったのか。
 
それは、欲張りすぎた取材に始まる。10分番組・多摩探検隊のコーナー作品であるにも関わらず、第一版は15分。画コンテを描き、時間も計算していたのだが、さすが経験不足。焦点が絞りきれていなかった。九ヶ所取り上げていた施設・公園は、後に六ヶ所に凝縮するのだが、そのために再び撮影に出掛けた。今度は、この撮り直しに苦戦する。季節の変化が、「季節感溢れる」台詞に矛盾を与え、何度も私をロケへ誘った。また、施設への取材は、取材申請→許可書発行→撮影という段階があり、いつでもカメラを回せるわけではなかった。「学生の取材だから、手続きは簡単だろう」と思っていたが、私たちの活動はケーブルテレビの番組制作だ。それは、いわば「仕事」であって、大人たちと同じ目線での交渉を必要とした。

そして、なにより厄介だったのが、自分の心の問題だった。いつまでも編集している私をおいて、他のメンバーたちは次々にネタを仕上げていく。団地の朝市、町興しの映画看板、街と田んぼの共存……。それらの社会性を帯びた題材と比べて、自分の作品の軽さに劣等感を抱くようになった。撮影開始から数ヶ月が経ち、投げ出すにも負い目を感じる。そんなモチベーションだから、編集もはかどる訳がない。葛藤のデフレ・スパイラルは、私を追い込んでいった。夏休み、セミの鳴く声も聴こえぬ演習室。自問自答の出口を見つけられぬまま、素材を並べたパソコンを見つめていた。
 
そんな時、継ぎ接ぎの「ぶらり旅」を見た先生が、一言感想をおっしゃった。その言葉で、私は我に返る。「多摩にもまだまだおもしろい場所があるんだな」。そうだ。多摩に住みながら、その街に無関心だった学生が、その足、その目で感じたものを伝える。現場で体験したことを、自分の声で伝えているこの作品は、立派なドキュメンタリーではないか。まさしく、多摩を探検したのだと自信を持ち、編集に打ち込むことができるようになった。
 
第七回も無事放送された今、振り返ってみると、手際の悪さを反省する。でも、その「手探り」の結果、私は自分の多摩探検隊を見つけることができた。ゆえに、高尾山で行ったスタジオ撮影は楽しく、悪天候さえ味方にした。用意されたネタはないから、自分たちで高尾山の魅力を切り取り、つなげていく。

多摩の魅力を、どれくらい視聴者の方へ伝えることができただろうか。見て下さった方が、自分の住む街を何となく散歩してくれたなら、とても嬉しい。番組を通じた対話、そういう作品を目指していきたい。

投稿者 webmaster : 2004年11月01日 13:15|

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