田んぼのチカラ(2004年09月01日)

小田 香緒里 (オダ カオリ)
総合政策学部政策科学科
第5回「田んぼのチカラ」ディレクター

学校の帰り道の風景が変わっていくのを、私は何度も見て来た。毎日とおった田んぼも空き地になり、ときにガソリンスタンドになったりした。土地が変化していくのは、人間の生活のためには仕方ないことで、特にそこに住んでいない者には、黙って見ていることしかできない。そして以前とは違う風景に寂しさを覚えながらも、時間とともにそこに何があったかさえも思い出せなくなってしまう。

私は、想像に難くない未来を思い、カメラをまわしたいと思った。

第5回の多摩探検隊で取材した田んぼは、住宅街の中にある。ずっと向こうまで田んぼだったと、古くから住む人は話す。それが今は、家の方が多い。新宿から1時間もかからない場所にあって、あえて農業に就こうという人はめったにいないのだろう。この国には簡単に、服や手を汚さないでお金を得る術がほかにいくつでもある。田んぼを手放して、それ以外の職業に就くことはまったく自然のことなのだ。今は農業をしない人々の先祖の多くも、同じようにして大小の田畑を売って別の職業を選び、その子どもたちが農業以外の様々な職業に就いていったのだから。

しかしこの取材中、あえて田んぼを見つめている人たちに私は出会った。大学院で田んぼと田んぼの水路の生物を研究する人、帰り道を遠回りして田んぼに来る人、勤める保育園の園児のためにザリガニを探す人、田んぼで生き物を探して時間をつぶすかぎっ子、そして、米を作る人…。様々な人が、田んぼを見ていた。ここでとれた米を食べるよりも多くの人や生き物が、田んぼを見ているのではないか

それでも、土地の変化は止まらない。田んぼが減ったためにあえて公園として残した例もあったが、この多摩地区でかつてのように増えることはもはやないだろう。また、それを私が止めることもできない。しかしどんなに田んぼが減ったとしても、4本のDVテープは、田んぼが多くの人に愛されていた記憶を伝えてくれるだろう。

投稿者 webmaster : 2004年09月01日 12:14|

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