青梅の映画看板(2004年07月01日)

山本 久美子 (ヤマモト クミコ)
文学部社会学科社会学コース
「青梅の看板絵師」ディレクター

青梅駅を出ると、一枚のレトロな映画看板が目に飛び込んでくる。その色彩やタッチは懐かしさを漂わせ、不思議な魅力を醸し出している。映画看板は、駅近くの住江町商店街にも30枚ほど掲げられており、戦前から昭和30年代の映画の看板がそのほとんどだ。この映画看板が、私の制作したドキュメンタリーの題材である。私自身青梅市在住で、映画看板を幼い頃から見てきたことが、この企画を立ち上げるきっかけとなった。

作品の舞台となる青梅は、古くから西多摩一の繁華街として栄え、昭和中頃まで3軒の映画館があった。そこで花形看板絵師として活躍していたのが、同市在住の久保昇さん(63)である。16歳で看板絵師になり、一度はその職を離れるも、今から10年ほど前に再び筆を取り、青梅の街にある看板をひとりで書き続けている。直接取材もさせていただいたが、全神経を集中させて看板に向かう、気迫に満ちた久保さんの姿は、まるで看板に魂を吹き込んでいるかのようだった。

久保さんはインタビューの中で、「映画看板は、額にきれいに納まっているよりも、外で雨ざらしになっているのを見て、あぁ古くなっちゃうのにもったいないなと惜しむのが良いんだ」と、独自の「滅びの美学」を語ってくれた。また、今後については、「昭和30年代の映画の看板を書いていきたい。新しいのはあんまり僕には合わないんだ」とのこと。物で溢れ返った豊かなこの世の中において、ひとつひとつの物を大切に味わうことは、私たちの心の中から失われつつある。こんな時代だからこそより一層、久保さんの手から生み出される昔懐かしい映画看板が多くの人々の心を惹きつけるのかもしれない。

この作品制作を通して、伝統的な大衆文化を残そうと日々活動している人たちの心意気にとても感銘を受けた。このような身近な発見や感動を伝えていくことが、私が多摩探検隊の一員として果たすべき役割だと、改めて今、実感している。

投稿者 webmaster : 2004年07月01日 11:56|

コメント

コメントしてください




保存しますか?