滑舌の悪いキャスター、テレビに映る(2004年05月02日)

阿部 公信 (アベ キミノブ)
法学部政治学科
「多摩探検隊」第1回キャスター


五月二日、私は、自分がキャスターとして、本当にテレビに映るのかどうか不安を抱きながら、オンエアをじっと待っていた。そして放送が始まり、自分の顔が映り、声が流れ始めた時、全身に安堵感があふれてきた。「テレビに映った」という感動よりも、ひとつの責任を果たした、という充実感で胸がいっぱいになったのだ。

春休みに「プロジェクトT」が始まり、三十分間のサンプル番組を制作した。番組は、地域密着型情報番組なので、ゼミ生が男女一人ずつ、キャスターをすることになった。そんな中、番組プロデューサーから、私にオファーがあった。性格的に目立ちたがり屋な私は、軽い気持ちでそのオファーを引き受けた。それが「険しい道」の始まりだった。

キャスターが出演するスタジオコーナーのVTRを先生にお見せしたとき、先生は、終始、渋い表情だった。いや、憮然とした表情だったと言った方がよいかもしれない。そして、私は、滑舌(かつぜつ)の悪さを徹底的に指摘され、あっさりと「キャスター失格」の烙印を押されてしまった。指摘された点は、キャスターとしては、当然のことだった。私はその時、軽い気持ちでキャスターの仕事を引き受けたことを後悔した。そして、自らも自分の滑舌のひどさを痛感したのであった。

撮影をし直すことは時間的に不可能だったので、テンポのよい音楽をスタジオに流すことでその場をしのぎ、無事にサンプル版を制作し多摩テレビから放送枠をいただけることになった。しかし、正直言うと、自分の滑舌の悪さのせいで、このプロジェクトが頓挫するのではないかと内心不安でしょうがなかったのだ。

滑舌が悪いので、キャスターの仕事はサンプル版限りと考えていたが、第一回放送分の収録についても、キャスターとして指名された。もう一度、キャスターをやれることは、正直、嬉しかった。そして、「先生を見返してやろう」と思い、発声練習を風呂場で始めた。なぜ風呂場でやったかというと、風呂場は声が響くので気持ちよく練習できるからだ。結果的に、練習をすることで、キャスターとしての自覚も増した。第一回分のスタジオ撮影も数回の撮り直しを経て、ようやく本番収録が終了し、念願の五月二日の放送日を迎えたのだった。

多摩探検隊に参加することは、普通の大学生では味わえない経験がいっぱいできるし、自分の再発見にもつながる。今回の経験は、辛いことの方が多かったが、この先、自分の人生の支えとなっていくと確信している。「多摩探検隊」のお陰で、以前よりも、打たれ強くなったことは間違いない。

投稿者 webmaster : 2004年05月02日 11:40|

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